楽園

 

「もうすぐ退院だね」

「いやー。入院生活も長かったよ」

一九九八年の四月二十日。春の陽射しは暖い。開放した窓からは野鳥のさえずりが聞こえて、ひんやりと涼しい風が入る。

ベットの上で身を起こし、身体を大きく伸ばして、未咲は云う。

「改めて、入院生活、どうだった?ご感想は」

「もうここから見る景色も飽きちゃったよ。やることもないしさ」

夕見ケ丘、と名付けられている山ぎわの高台に建っている市立病院の古い五階建ての病棟。その三階にある病室。家からこの病院は少し距離があるので、学校の授業が終わった帰りに見舞いに立ち寄ることにしている。

この建物も、ここの病室から見える景色も、確かにすっかり見飽きてしまった。だが夕暮れになると街の灯がよく見えて、街の真ん中に流れる夜見山川も、私が通っている夜見北中学も見える。夜見山の街の様子を一望出来る病室だったのは、幸いだったと思う。

病室は一人部屋で、コイン投入式の小型テレビが備え付けられていたが、お見舞いに来た時、未咲が番組を眺めていた事は殆どなかった。どの番組も騒がしくて好きではないと云う。そこで別の退屈しのぎ、と云う訳で私が本や雑誌を持って来たことはある。

「ま、それも無理ないかもね。本なら一杯持って来たけど」

「一日中読んでられませんよー」

「でも、大体は読んでくれたみたいだね」

「まあね。時間は一杯ありましたから」

私の方に振り返った未咲はからっとしている。

身体は少しやつれてしまったが、集中的に治療を施されていた頃に比較すると、顔色も声色も、表情も明るく、発病する以前の彼女にすっかり戻ったようで、私は胸をなで下ろしていた。

 

 

 

思い返せば、未咲が病気になったのは去年の春頃だ。

彼女の口から重い腎臓病だと告げられた時、私はひどく驚いた。子供の頃から活発で風邪も引かずに外で走り回っていた未咲に、病気は縁のないものだと思っていた。

詳しい説明は受けていないが、腎臓の働きが悪くなり、血液をうまくろ過できなくなってしまうらしい。その働けなくなった腎臓の代わりに、血液の中から体に不要な成分を取り除く治療ー人工透析をしなくてはならない程、病気は重く進行していた。

症状が悪化して、息切れや頭痛、貧血を繰り返して、苦しそうに病床で横たわる彼女の姿が脳裏にこびりついている。

一生涯、人工透析が必要となるのを避けるには、いっその事、腎臓を取って変える……つまり腎臓移植をするしか手段はないのだと云う。

それを聞いてすぐさま、私は自らの腎臓をあげたいと希望を強く出した。未咲とは二卵性だが双子で、体格もそっくり同じで、一番移植に適してるのではないかと自分なりの考えもあった。

だが生憎、15歳以下の子供は生体臓器移植のドナーにはなれない指針があり、私の希望は果敢無くも通ることはなかった。もっとも、仮に特別に病院側から移植の許可が出たとしても、母が猛反対をしたに違いないとは察しがつくが、結果として未咲のー藤岡性の母から腎臓を一つもらうことになる。

段取りがつくと、手術のために、東京の病院に入院することになった。

東京の方に移る前の未咲が、精神的に憂き目だったと思う。入院生活が続いて容態も気も滅入っており、おまけに大規模な手術が待ち受けるとなって、口数も少なくなり表情には不安そうな翳りを覗かせていた。

年明けに手術があって、幸いにも結果は成功だったらしい。経過をしばらく観察するため、容態が落ち着くと今の夜見北の市立病院に転院することになる。入院が続いているが回復も順調で、時期に退院が出来る事が決まった。

長く続いていた療養生活も、ようやく幕引きというわけだった。

「まさか、私が病気で入院することになるとはなあ。骨折やねんざして通院ならまだ考えようだけど」

「人生、何が起きるかわからないってことだね」

「腎臓病は14歳には荷が重すぎるよー…」

「大変だったよね、未咲」

私も一度、左目に腫瘍が出来て抽出するために手術を受けた事がある。幼かった四歳の出来事で、当時の入院生活の事はよく覚えていない。ただ、手術の時に死にかけたらしく、その時の事は今でも何となく心に残っている。ーそれは、どこまでも空っぽで、暗くて、どこまでも暗くて、一人っきりで…。

未咲は手術の時に、病床でどんな思いをしたのだろう。

「でもさ。鳴とは、今まで、たまにしか会えなかったでしょ。こんなに頻繁に会えたのは、ある意味入院したおかげかもね」

「ーそっか。入院した唯一のメリットかもね」

家庭の混みいった事情で、小学校五年生の時まで近所同士だったが、藤岡家の方が引越してからは、未咲とは普段月に数回しか会えていなかった。よく考えてみれば、未咲との思い出は決して数多いものではなかったと思う。皮肉にも彼女の云う通り、月に何度も顔を合わる事が出来たのは、この病院を経由してからだ。

「また会えなくなっちゃうかな」

未咲の声色が消え入りそうで、何だかとても悲しそうに聞こえた。発病してからほんの少し、彼女は諦観した考えも見せるようになった気がする。それも終わりの見えなかった長い入院生活で、身体も精神も困憊する日々が延々と続いたので無理もないと思う。相対的に私は、激励や楽観的と例えると過言だが、あまり否定的に踏まない言葉を促すようになった気がする。

「今はね。でもいつか、大人になったら、きっと気兼ねなく会えるようになれるよ」

「ーああ、なるほど。そっか。…そうだね。それだ」

未咲は私の方を振り向いて薄く笑んだ。

いつか、私たちが大人になって、多少のしがらみから解放された時、自由に会える時が来るだろうか。

「うん。ーいつか、ね」

答えながら、私はぼんやりと夢見ていた気がする。

 

 

 

 

 

「あら。鳴ちゃん。今日も来たのね」

「こんにちは」

病室に訪れる前のこと。

三階までエレヴェーターで上がって来て、未咲が入院してから担当を任せられている看護婦の方と廊下でバッタリ出くわした。見舞いには何度も来てるため、すっかり顔見知りだった。カートを引いていて、銀色のトレイの盆が重ねられている。未咲曰く、淡白の極みで味らしい味がないと悪評付きの病院食を片付けに回っていたのだろう。未咲は文句を言いつつも完食したのだろうか。

腎臓病を患っていた彼女は腎臓に負荷を与えないため、たんぱく質や食塩、カリウム等を控えるよう食事も厳重に制限されていて、一時期は水分の制限もされていた。

退院しても、しばらく食事療法は必要不可欠だろう。塩分を多く含んだ加工食品は摂取しないよう咎められているらしく、インスタントフードやジャンクフードが食べれなくなったと嘆いていた彼女を思い出す。

「鳴ちゃんは偉いわね。お見舞い、よく来てくれて」

と、優しげに目を細めて私に語りかける。

「いえ。ー家族ですから」

差し障りのない返事をすると、どこか物憂げなまなざしをこちらに向ける。

「そんなことないのよ。家族でも姉妹でも、仲が悪くて、お見舞い全然来てくれない患者さんの方が多いんだから」

「そう…なんですか」

「特に入院生活長いとね、最初はお見舞い来てくれても、段々来なくなっちゃう人も多いし」

長年この病院で勤めているようで、一人っきりで入院生活を過ごす人の方が圧倒的に多かった、と彼女は語っていた。

少し間を置いて、私は尋ねる。

「未咲の様子はどうですか。変わり、ありませんか」

「もうすっかり体調は良いみたい。前みたいに、熱出たりもしないし」

でもそうねえ、と肩の力を抜くとかすかに笑む。

「未咲ちゃん、退屈そうだけど、鳴ちゃんが来てくれると安心するみたいね」

 

 

 

窓から遠く見える若葉に染まった樹々を一瞥して未咲は呟く。

「今年はお花見も出来なかったなぁ」

今年の春は雨が多くて、桜が咲いていた時期は例年よりもはるかに短かく、直ぐに散ってしまっていた。

聞いた話だと、転院した東京の病室からは、無機質の高層ビルやマンションを一望出来るばかりで、四季の見栄えとなるものもなく、ひどく退屈だったそうだ。転院の時期は短く、夜見北市で桜が満開になる前には戻って来たが、病室からは遠目で淡紅色に彩られた茂みにしか見えなかったようで、まともに桜を見た記憶がないらしい。

「もっと長い間咲いてたらいいのに」

未咲が気だるそうに小さな溜息をついていた。

「そうかもね。でも、ずっと咲いてたら桜って感じじゃないかもね」

私もチラリと窓の方を見やる。

「まあ、確かに。一年中咲いたら、なんか有り難みないもんね」

「多分、桜ってね、一瞬で咲いて散っちゃうから綺麗なんだよ。その一瞬一瞬が綺麗で、儚いって云うか」

私は咲き誇っている桜よりも、風になびかれて散りゆく桜の姿の方に惹かれる。最も、これは私の見解によるものだが。

桜についての峰を訊くと、未咲は目を丸くて腕を組む。

「へえぇ。まるで詩人だね、鳴は」

「そう?」

「鳴って国語嫌いって言ってる割には、言葉遊びみたいなの、得意じゃない。そんなことない?」

「国語はね、嫌いで苦手。…なだけで、試験が出来ないとは決して言ってないよ」

「えぇ。じゃあ赤点じゃないの」

私の発言に意表を突かれたのか、食いつかれた。

「まさか。並には取れてるよ」

「なんだあ。そうなんだあ。てっきりダメダメかと…」

未咲は頬杖をついて、ちょっと拗ねたように唇を尖らせている。そういえば未咲とは通う学校が違うこともあったが、お互い試験の範囲を聞くことはあっても、実際に出来不出来の試験の点数を見せ合ったことはなかった。

不服そうに額に手を当てている未咲を見て私はうっすらと笑む。窓から涼しい風が吹き込んでくる。

「来年、一緒に見ればいいよ」

そうだね、と未咲は私に目を向けて口元を綻ばせた。

「来年はお花見、しよう」

頬杖を外すと、やがてこころもとな面持ちでひとりごちるようにため息をつく。

「でも来年のことは待ち遠しいなあ。ーもっと近い未来について語りたい」

退院後の健康的な生活に思いを馳せる未咲に、私は少し意地の悪い発言を促した。

「そうね。もう15歳ということで、高校受験とか」

中学3年生恒例行事を決まり文句として挙げると、未咲はため息を混じらせてばつが悪そうに云う。

「それを言うなー。もっと楽しいことを振って下さいよ、こちらは病み上がりなんですぞ」

「そうだなあ…」

一年近く狭い病室で入院生活を続けていた未咲にとっては、自由に出られるだけで、まるで外の世界が楽園のように感じるのかもしれない。

「じゃ、また遊園地行くとか?」

彼女は悪気なく話を振ったが、それを訊いて、私の顔がひどく強張った。

それは去年の春頃、未咲が発病して入院する前に一緒に行った遊園地の事で……そこで乗った観覧車で思わぬ事故があり、彼女はゴンドラから転落しかけたのだ。私はこの時の出来事を話に振られると、こと鮮明に記憶がふつふつと蘇って来て、頭痛が蔓延り寒気がする。

「冗談でしょ。もう私、観覧車すら見たくないよ」

ん?と、彼女は首を傾げて、

「もしかして鳴、トラウマになってる?」

あっけらかんと笑ってからかってくる。観覧車の高所から落ちかけた当の本人は左程心的にショックがないとは、何とも奇妙な話だ。

「もう、いくら寿命が縮まったと思ってるの…。生きた心地しなかったんだから」

「まあねえ。さすがに私も、あれは勘弁してほしいなあ」

くだけた口調でそう答える。

忌々しい記憶の権化の遊園地は差し置いて……あまり遠出は出来そうもないが、長らく外出をしていなかった未咲に、何か目新しく、尚且つ落ち着ける場所を提供してあげたいとは考えていた。そこで私は以前からずっと温めていたある提案を、未咲に振る。

「ねえ、未咲」

「うん?」

「私の家、毎年夏になると別荘に行ってるの、知ってるよね」

「うん。一週間くらい泊まるんだよね」

「そうだよ。海がよく見える…ね」

「海、いいなあ。私も行ってみたい」

仕事上の都合で一年のうち半分以上は日本におらず、残り半分以上は東京の方にいる父は、夏頃になると休暇でこちらに戻ってくる。その休暇中に例年のごとく、夜見北市外にある海の見える別荘へ行くことになっている。

「ーお母さんに頼んでみようと思うの。今年は」

「ー私も?」

正直に云うと毎年、両親と行くのは気が進まないのだが、あの別荘から見える広大な海の景色は格別で、夕陽が照らされた海が私は好きだった。

あの海の光景を、いつか未咲にも見せてあげたいと心に決めていた。

時として荒々しく勇ましい音を立てたり、時として穏やかで静かな波を奏でたり、いつも違う姿を見せる海の一瞬の動きが、美しいと感じていた。私はどこかで、瞬きをする間もなく姿を変えゆく海と桜を重ねていたのかもしれない。

海で見える蜃気楼や、深い緑色の湖面をしている湖、湖畔のお屋敷と惹かれるものが多く、よくスケッチブックに描き止めていた。夜見北でも東京でも見たことがない景色に、未咲も新鮮に感じるのではないだろうか。

「うん。退院したお祝いも兼ねてって。でも、期待しないでね。やれるだけやってみる」

「ーそっか。一緒に、行けたらいいなあ」

朗らかな顔で未咲は少し照れたように笑った。

「ああ、そっか。私、去年から入院してるから、まともに海も見てないんだ」

そう云うと、感慨深そうに頷く。

「そうだよ?」

「なんか時間の感覚おかしくなっちゃってるなあ」

「退院したら、入院してた一年分はどこか行かないとね」

「どこか行く時は、付き合ってね」

「どこでも付き合うよ」

「もし断られちゃったらさ、今度はこっそり海にでも行こうよ」

「それもいいかもね」

 

 

 

 

「鳴。ありがとね。今までお見舞い来てくれて」

畏まって未咲は穏やかに私に云う。

「いろいろ心配させて。迷惑かけちゃって。ごめんね、鳴」

眉をひそめて、何だか申し訳なさそうにうなだれていた。

「そんなこと、いいよ。未咲。…もういいんだよ」

確かに未咲が入院してから不安定な時期が続いたが、何より私は、病気で苦しんでいる彼女の手を握る事か、見ているだけしか出来ない事が一番辛かった。この病気が一刻も早く完治して、未咲に元気になってくれる事が私の願いでもあった。

「水くさいなあ。それに、お見舞いなんて、私だけじゃなくてお母さんも来てくれてたでしょ」

そう私が云うと、未咲は応える。

「確かにそうだけどね。何だろう。身体がしんどい時もね、鳴見てると安心したの」

未咲は口もとを引きしめて、けれども頰には笑みを浮かべていた。

「安心、ね…」

未咲の緩んだ表情を見ていると、いつしか心が落ち着くことがある。上手く例えれないがーまるで自分の半身がそこに存在しているようで、その不思議な感覚が、”安心”につながっているのだろうか。

私も薄く微笑んで、おもむろに白い眼帯を取り外す。

「どうしたの?」

「ううん。たまにね、目がゴロゴロするから…」

「大丈夫?」

「平気」

未咲にこっそりと嘘を吐き、瞬きをした後、<人形の目>で彼女の姿をひたと見つめる。その目を通して見えた光景は<人形の目>ではない右目で見る光景と何ら変わりはなく、未咲の周囲にも禍々しい歪んだ色彩は漂っていなかった。

ーこの子は大丈夫。<死の色>は、見えない…。

私が未咲の容態と並んでもう一つ、心残りのことがある。

ーそれは3年3組の、<呪い>のことだ。

3年3組になった私は<現象>や<災厄>について、心半ばで本当に実在するのか、はたまた噂だけのものなのか、危惧していた。話によると毎月、クラスの成員と、その二親等以内の家族が、<現象>に巻き込まれて死ぬという。

その話が本当だったのなら、血のつながった両親に祖父母、そして兄弟姉妹。ー未咲にだって<災厄>が及ぶ可能性があると云う事だ。

だが、4月中旬になってもクラス関係者やその家族の訃報は一切聞いていない。幸い、今年は<ない年>なのかもしれないし、そもそも<呪い>なんて、最初から存在しないのかもしれない。

以前、一度だけ……あれは遊園地に遊びに行く前日だったか、眠っている未咲に<死の色合い>が薄っすらと、滲んで見えたことがある。だが見えたのはその時だけで、発病してからは一度も感じたことも、見えたこともなかった。

そして今の<人形の目>は<死の色>を物語ってはいない。

ー未咲は大丈夫だ。

「今日は、変なの、見えたりする?もしかして」

未咲の言葉にハッと我に返る。若干、苦笑を浮かべて返す。

「ううん。ー見えないよ」

未咲には私の目のことについては、変なものが見える時がある、と曖昧に話した程度で詳しいことは話していない。ただ、彼女が退院して体調も精神的にもすっかり落ち着いた頃に、未咲にも<人形の目>の事について、殊更に告白してもいいのではないだろうかとは考えていた。

「そっか。ーでも、それ隠さなくてもいいのに」

と、私が考えに耽っている時に、未咲の和らいだ声が響いた。

「眼帯なんかしなくても、鳴のその目、すごく綺麗なんだから」

私の<人形の目>にかかった前髪を、彼女の右手がおもむろにかき分ける。母が特別に作ってくれたこの蒼い<人形の目>は、見えなくていいものー<死の色合い>さえ見えなければ、隠さないでおきたかったのは山々だった。

「以前にも同じこと言われた気がするなあ」

「せっかくのカワイイ顔が勿体無いぞ」

クスリと笑う未咲が、右手で私の頰を撫でる。その手は、私の手とはまるで対称的にぬくもりがあった。

「それ、遠回しに自分の顔のこと言ってるでしょ」

「まあ、間違ってはいない」

そう云うと、子供のように無邪気に笑っていた。頰に触れらている未咲の右手に、私の左手をそっと重ねる。

「相変わらず鳴の手って、ひんやりしてて気持ち良いね」

私の蒼白い病人のような手を好意的に評してくれるもの好きは、この世界で未咲しかいないんじゃないだろうか。

 

 

 

「私、もう行くね」

他愛もない会話をしばらく続けた頃。お見舞いに来た時は薄い水色の空が晴れ渡っていたが日はすっかり沈み、病室は夕陽の赤橙色で染まっている。椅子を引き、制服のスカートを整えて学生鞄を手に取る。名残惜しいが夜になる前に帰宅しないと、母から催促の電話が掛かってくるだろう。

「うん。退院したら真っ先に電話かけるからね」

「退院お祝いと誕生日兼ねたプレゼント、忘れずに持ってくるから」

未咲は私の家にある母が作った人形をたいそう気に入ったようで、その中で一番気に入った人形をプレゼントにする約束をしている。

「わあ、楽しみ」

ぱあっと顔を輝かせて声のトーンが高くなった。無邪気な反応を示す未咲に、少し呆れた口調で云う。

「子供じゃないんだから…」

「もう、お姉さんぶるなー。楽しみなものは年齢関係なく楽しみなんですぞ」

「ごめんごめん」

「私もプレゼント、何とか渡せそうかな」

「それは、楽しみだな」

確か私がプレゼントにリクエストしたのは「元気な未咲」だったか…。入院した未咲を景気をつけたくて思い浮かんだリクエストだったと思う。

未咲のベッドから少しずつ離れ、病室のドア付近で振り返ると、未咲が柔かに手を振っている。私もその表情につられて口元が緩み、手を振る。

「じゃあね」

お互いにそう告げると、私は彼女の病室から静かに去った。いつか、次会える日は、肌寒くない暖かくて陽のよく当たる日だったら…そんな未咲との休息の日を漠然と考えて帰路を歩く。

 

 

今思えば、この日が未咲と言葉を交わした最後の日だった。

一九九八年四月二十七日月曜日が来る日までに未咲と過ごした最後の休息だったのだと、私は後に思い知ることになる。